なぜ、日本人は反韓になったのか?~反韓感情の日本現代史

中央で混じり合う日章旗と星条旗。歴史
日本国の国旗・日章旗とアメリカ合衆国の国旗・星条旗。
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はじめに

 日本人はなぜ、「反韓」になったのでしょうか。この記事では日韓の現代史から、反韓感情の原因を探りたいと思います。

反韓の起原をさぐる

 反韓感情の歴史は、大きく三期に分けられます。一つ一つ解説します。

ネットで起こる反韓感情~2002年、日韓共催ワールドカップ

 反韓感情が顕著に見られるようになったのは、日本と韓国共同開催のワールドカップが最初です。韓国側による審判買収問題などがネット上の掲示板などで問題視されたのです。

 90年代後半からテレビや新聞ではタブー視されていた韓国問題ですが、この季に爆発的に論議されるようになりました。以後、2005年に漫画・『嫌韓流』が発売されるなど日本国民の一定数の中に、確かな反韓感情が見られるようになります。

 因みに、韓国批判はけしからんとの観点に立つ左翼勢力が「ネトウヨ」との用語を用いて批判するようになったのもこの時期です。最初、極端な民族差別主義的な言動に対する用語てあったはずの「ネトウヨ」は、後に保守勢力全体へのバッシングに利用されることとなります。

国民全体に広がる反韓感情~2012年、李明博の竹島上陸と天皇陛下への暴言

 2012年、8月10日韓国大統領であった李明博は、竹島に上陸しました。韓国大統領初の竹島上陸でした。

 この自体に多くの日本人は衝撃を受けました。なぜなら、当時は韓流ブーム真っ只中だったからです。いくらネットの掲示板で反韓が盛り上がろうが、当時のネットは、現在ほどの影響力がありませんでした。韓流ドラマが高視聴率を取り、韓流スターが音楽番組に連日出演している。そういう時代だったのです。

 さらなる衝撃的なニュースが入って来ました。天皇陛下へ韓国大統領が暴言を吐いたのです。簡単に要約すると、「日王(にちおう)が韓国に来たければ、元慰安婦の前で土下座して謝罪しろ」というものでした。

 そもそも、天皇陛下の韓国訪問を打診したのは韓国側でした。「来てください」と言っておきながら、「着たければ、土下座して謝罪せよ」というのですから意味がわかりません。

 「日王」というのは天皇陛下を貶める呼称です。お前は日王(日本国王)であって、天皇(日本国皇帝)ではないという意味です。アジアにおける「王」と「皇帝」の違いを説明すると「華夷秩序」の話からしなくてはならなくなるので、ここでは割愛しますが、日本に対する差別感情が含まれた用語です。日本と対立することの多い中国ですら、「天皇」の用語を使うことからも、どれだけ異常なことかがわかるというものです。

 かくして、反韓感情はネットだけのものではなくなりました。2012年が、日本人の対韓国感情の大きな転換点となりました。日本国内で韓国に好意的なムーブメントが起きていたのをぶち壊したのは、李明博大統領です。日本人が、領土を踏みにじられ、天皇陛下を侮辱されたらどうなるか予測できなかったのでしょうか。

増し続ける反韓感情~2018年、徴用工判決・慰安婦合意破棄・レーダー照射

 2018年10月、徴用工判決。

 2018年11月、慰安婦合意の破棄。

 2018年12月、海上自衛隊哨戒機へレーダー照射。

 一つでも国民世論を反韓に導くに十分な自体が、わずか三ヶ月の間に三度も起きたのです。特にレーダー照射事件は日韓関係に決定的な破局をもたらしました。普通の国であれば戦争に突入してもおかしくない自体だったからです。一般に左派と言われる韓国に好意的な人々の中からも、韓国へ批判が見られるようになりました。徴用工は徴用されていなかったとか、慰安婦合意は韓国に譲歩に譲歩した政策であったとか、色々あるのですが、長くなったので割愛します。

かくて反韓感情は醸成された

 かくして反韓感情は醸成されました。ここ20年多少の上下を繰り返しながら、ン本国民の反韓感情は、上昇し続けています。

 これが反韓感情の歴史です。

 今日、韓国批判そのものを良くないとする主張が見られます。確かに一部の民族差別発言(ヘイトスピーチ)は肯定されるべきではありません。

 しかし、韓国という国へ反発心を覚えるのは、ごく当然のことではないでしょうか。少なくとも、上記の歴史を知っていれば、ぬけぬけと韓国批判は良くないなどとは言えないはずです。

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